葡萄鉱山跡


 岩船郡朝日村の葡萄鉱山を見てきました。今は村上市ですか・・・そうですか・・・
ここはいつから掘っていたのかな? 慶長二年(1597年)の絵図には描かれていませんが、 その後の元和六年、(1620年)の文書には記載があるそうです。葡萄鉛山と呼ばれていたそうです。 鉛といえば中毒に注意ですね。この時期は佐渡金山が開発された時期とも重なるので、鉛は灰吹法に必要だから重要なヤマだったのかもね。 実際、元和7年(1621年)佐渡へ鉛一万五千貫を売却した記録が残っているそうです。
大同年間に露頭を発見の説もありますが。大同年間ね・・・
日本の鉱床総覧と日東金属株式会社のHP等によると・・・
千数百年昔に銀鉛鉱山として開発されたものである。その後の沿革は詳細不明。 江戸時代には村上藩が中小屋付近で、銀、鉛採掘 明治40年から本格的に稼行。 大正4年頃からは大部分を磐梯町の大寺精錬所へ他に岐阜の神岡や彦島精錬所へ。

選鉱場跡
葡萄鉱山 選鉱場跡

選鉱場跡
選鉱場跡下

本坑
「坑本」って書いてある・・・右から読むんだ・・・

塞がれています
本坑内部

出してくれ〜
ここは、鉄格子・・・

・・・
だ・・・ 出してくれ〜

魔法の壺?
事務所跡に壷・・・焼酎の壷? の訳ないか

・・・
今はただ・・・

昔の地図見る? 汚いけど^^
地図が大きくなるかも ♪