早出川ダム附近
郷土史によると早出川の奥の方には、文政年間(1818〜1829年)に発見された寶林堂(ほうりんどう)を始め丸子、
霧ヶ谷など多くの鉱山が1800年代の前半に殆ど山田清作さんによって発見されたとあります。
天保国絵図には村松藩の領内に多くの鉱山が描かれています、それぞれの鉱山が本当は1800年代以前に発見されていたかもしれませんが。
古小屋銅山は天保国絵図にも記載されているけれど、
郷土史には天保の後の安政年間に山田清作さんの発見とあるし伝説の山師にしたかったのかな?
尤も位置が微妙なんですが
実は隠し金山とかあったりして、鉱山関係で頻繁に大勢が歩いたからちゃんと道が残っているんでしょうね。
昔の道は、人に優しいコース取りをしてあって歩き易いけど、
現代人の発想は尾根道が中心ですね私のような軟弱者には無駄な?登り降りが多くて閉口します。
早出川ダムが出来る以前の道が安全かといえば、そんな事は無いわけで昭和49年に早稲田大学の学生さんが転落したそうですが、
険しすぎて御遺体を引き上げる事が出来ずに筏を組んで、下流へ運んだそうです。
ダムから駒ノ神迄の道の殆どはダム建設の際の付替えの山道です。唯一、
往時の道が残っている部分が山ノ神からの緩やかな勾配の土の道その先岩場を少し、この区間だけです。
※登山情報
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早春のダム
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水位はまだ上がります
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山ノ神附近
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祠には齋藤由太郎 その左に智? と刻んであるみたい
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外れていたので ハンマーで釘付よ♥
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右岸の付替え山道より 対岸の旧道を眺める
緑が隠す前の季節なら、昔の駒ノ神附近へ続く旧道が見えたりして、
自分の足下の様子もよく見えて気分が・・・
高所恐怖症の私には今の付替え山道が堪え難い苦痛でしたが、最近はこのゾクゾク感がたまらないです。
緑が隠す季節でも、隠す事の出来ない場所が数ヶ所あっていいですね、生きてると実感できます写真なんか撮る余裕は全くないです。
出来る限り素早く通り過ぎています。金ヶ谷(霧ヶ谷)右岸の方は新保建設㈱という会社が工事したらしく朽ちかけた標柱がありました。
左岸側にも標柱があります。
そうそう、春早く来ると、倒木や落石等で付替え山道は危なかったですが、
親切な方かどこかの山岳会の方々が手入れをされたようで、5月には比較的安全な状況でした。
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駒ノ神側の付替え山道にて
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旧道 昔の駒ノ神附近
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杖? 杖にも釘付けしちゃいました すみませんでした
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日倉山〜大清水沢の間の危ない へつり道の図
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残雪のトコヤ
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ゼンマイ採り?のボートが 湖面を進む
付替え山道の工事には新保建設㈱と㈱滝長建設の名が滝長さんは50cm幅のあっちの工事かな? ダム建設
に際し漁業関連の補償はあったけどゼンマイ等の山菜の補償はなくて、ボートの使用なんかが容認されていたりして、乗せて貰いたいです♪
天保国絵図の葛小屋山附近のきり谷?鉱山ってどこかな?
葛小屋山の現代名は知らないし、トコヤの事だったりしてね日本鉱産誌の金ヶ谷鉱山、
場所が日本平山の南西約 1.5km山頂部とかあるけどね 誤植かもね・・・徳川末期:銀銅採掘と記載があるけれど、
昭和9〜10年:地元の堰さんが試掘して亜鉛等採掘したようです。トコヤに関しては鉢前銅山跡におおまかな説明があるかもね。
水場になっている場所ですからね、水源の先を詳細に見てみたいのですが塩ビパイプの先はそっとしておこう♪
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5月のトコヤ ズリ山にしか見えない・・・
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トコヤにて 土台? 日本平山へ運ぶ途中ですと!!!
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土台? 何が出来ることやら・・・
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日本平山頂
故笠原藤七著、「川内山とその周辺」には次のような記載があります。
日本平山 新登山道開く 昭和三十八年
川内山一帯は昭和三十四年四月県立自然公園に指定され、
一般の山岳に対する理解もようやく深まり、町もその紹介に努めるようになった。
そしてこの八月に急に駒ノ神から尾根伝いに日本平山への新登山道が伐り開かれ、
九月十一日(晴)町の観光運営委員会の自然公園部会委員が、町の係りの案内で視察登山をした。
・・・大正時代の地図に、道が描かれていないわけですね・・・
早出川ダムの奥の4〜5鉱山跡を見てみたいな・・・
一連の下見は、大清水銅山へ超お気楽、お手軽な昔の道があるといいな〜と思ったのと、
昔の駒ノ神の辺りに祠があったら五円玉を奉納したいなと思ったのが動機だったりして・・・
それにしてもあの付替え山道のスリルがたまらないです♪ 日本平鉱山は遠すぎますね、
昔の地図に従って鍵取側から登った紫蕨鉱山跡経由の方が足に優しいかな?
「高石」 国土地理院所蔵を使用しました♪
1914年:大正3年5月30日発行
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昔の駒ノ神附近 坪ノ毛は將牙岩山という名称だった?
ショウガイワ?! 笠原さんが怒っていましたで坪ノ毛に?
大日本帝國陸地測量部 発行の1/50,000地形図
「御神楽嶽」 国土地理院所蔵を使用しました♪
1914年:大正3年8月30日発行

鍵取からの道が 描いてあるよ
・中蒲原郡誌
・本邦鉱業ノ趨勢:p218 昭和九年:1935
・新潟県統計書:p356 昭和九年:1935
・日本鉱産誌. B 第1-b:1956
・川内山とその周辺:1965 p23-24 p94
・早出川ダム工事記録:1980 p370-373
p381-382
・早出川物語:1995
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