小林秀雄さんは、ミックンの近所の方じゃないよ(^-^)評論家さんだよ、骨董がすきで
さソバがすきでさ〜桜をこよなく愛した人だったんだよ♪
2002年が、生誕 100年でさ渋谷の松涛美術館で、小林秀雄の美の世界とかで展覧会やってい
たよ、本買っちゃたよ♪新潮社の新潮日本文学アルバム「小林秀雄」を、見てお墓参りに行
ったよ、雪の下の「山の上」の家も見たよ♪終焉の家は 今は、取壊されてなかったよ。
鎌倉はよく行ったけど、最近は行ってないな〜♪
お墓は、北鎌倉の東慶寺にあるよ、ジュウニヒトエ、イワタバコ、ハナショウブの花があるんだよ。
墓石は「山の上の家」の
庭にあった五輪塔だよ(^^)
山の上の家 日本家屋がいいな
鎌倉の町からどんどん消えて
いくのが、さみし〜よ♪
ネズミが住みにくくなる!
庭からは 海がみえるんだよ♪
終焉の家は、若宮大路にある酒屋の「三河屋」さんに訊いて、教えてもっらたよ、小林さん ちに配達していたんだってさ〜「三河屋」さんには、地酒もおいてあるよ買ってね♪ 「三河屋」さんといっても サザエさんじゃないよ近所の保育所がなくなったよね桜新町の 交番の裏手のさ〜それにしても、鶴岡八幡宮にいるリス!台湾リス!大きくてこわいよー!
帰りは若宮大路沿いの
桜は色々と見たらしいけどさ、長野県の高遠の城址跡の桜を本では高遠の血染桜と書いて あったけどさ 地元では紅彼岸桜とか言っていたけどさ、ミックンとしてはやはり血染桜の 方が歴史の重みもあってさ〜ふさわしいよね(^^)地元のひとは きらうよね!花の時期 なら、早朝に行かないと駐車できないよ 出来てもものすごく歩くんだ 足の短いものには 大変だよね♪
唐突に引用してみよ〜かな・・
文化を政治によって意識的に支配しようとする大国家が現れたのも有機的な統一を欠いて組
織化されて大集団が政治の対象として現れて来たのも、歴史上空前の事実である。・・・・
私たちの常識は、こういう文化の不健全さを感じている筈だ。政治のイデオロギイによる自
己主張を憎んでいる筈です。政治は、私達の衣食住の管理や合理化に関する実務と技術との
道に立還るべきだと思います。
〔昭和26年12月「文藝」 『政治と文学』より 抜粋〕
今日の様に、知識や学問が普及し、尊重される様になると、人々は物を感じる能力の方を、
知らず識らずのうちに、疎かにする様になるのです。物の性質を知ろうとする知識や学問の
道は、物の姿をいわば壊す行き方をするからです。例えば、ある花の性質を知るとはどんな
形の花弁が何枚あるか、おしべ、めしべはどんな構造をしているか、色素は何々か、という
様に、物を部分に分けて、要素に分けて行くやり方ですが、花の美しさを感じる時には、私
達は何時も花全体を一つと目で感ずるのです。だから感ずる事など易しい事だと思い込んで
しまうのです。
一輪の花の美しさをよくよく感ずるという事は難しい事だ。仮にそれは易しい事だとして
も、人間の美しさ、立派さを感ずる事は、易しい事ではありますまい。 また知識がどんな
にあっても、優しい感情を持っていない人は、立派な人間だとは言われまい。そして優しい
感情を持つとは、物事をよく感ずる心を持っている人ではありませんか。神経質で、物事に
すぐ感じても、いらいらしている人がある。そんな人は、優しい心をもっていない場合が多
いものです
そんな人は、美しい物の姿を正しく感ずる心を持った人ではないただ、びくびくしている
だけなのです。ですから、感ずるという事も学ばなければならないものなのです。そして、
立派な芸術というものは、正しく、豊に感ずる事を、人々に何時も教えているものなのです。
〔 昭和32年2月『美を求めて』より 抜粋〕
小林秀雄さんの話は もっと深くて長くなるからこのへんでミックンは寝るよ・・・
紅葉
お約束!?(^^)
紫陽花♪海♪